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樹一本ブリ千本:海底湧水―森から海への栄養塩輸送のコンベヤーベルト―


陸から海への物質供給経路:海底湧水

 海洋における物質循環や地球化学的収支において、従来の河川からの流入、大気経由の降下、中央海嶺や海底火山の噴火に伴う熱水の湧出等のほか、沿岸域の海底面から湧出する地下水による物質供給の重要性が近年指摘された。海底湧水は世界中の沿岸海洋に普遍的に存在し関連研究も盛んになってきた。特に海底湧水は水とともに様々な物質を多量に沿岸海域に供給し、その供給量は沿岸海域においては栄養塩、微量元素、炭素および汚染物質等の重要なソースとして無視できないことが実証されている。さらに地球温暖化の観点から海底湧水が海洋への炭素供給の経路(Zhang and Mandal, 2012、Chen et al., 2018)としても重要視されており、そのグローバル規模での供給量の評価の取り組みも始まっている(図2中黒丸)。

 

樹一本ブリ千本:森から海へのコンベアーベルト

 富山県の沿岸域でも、海底から陸上由来の地下水が直接湧き出る淡水性の海底湧水が確認されており、長年にわたり研究してきた。海底湧水中に含まれるこれらの栄養塩濃度は、表層海水より数倍から数十倍もの高い値を示した(Hatta and Zhang, 2013)。富山湾では、海底湧水の湧出量は河川流量の3割程度だが、濃度を考慮して換算すると河川水と同等量の栄養塩を沿岸海域に供給しており、陸起源溶存無機窒素の2 ~ 4割が沿岸海域の基礎生産に寄与していることが明らかとなった(Guo et al., 2019)。更に、富山湾の海底湧水の涵養標高の山には、延々とブナ林が広がっている。ブナ林は広葉樹の中でも特に保水力に優れ、高い環境保全機能が知られている。海から蒸発した水分が雨となって森を養い、森林域の腐葉土で涵養した水が地下に潜り地下水となり、さらに海へ回帰して植物プランクトン等を育む。こうして“水”という森から海へのコンベアーベルトを通じて、陸域から運ばれる栄養物質は富山湾沿岸の植物プランクトンや付着藻類等の基礎生産者に始まり、大型海産生物にいたる食物網を通じて、富山湾沿岸の生物生産を支えている。まさに、“樹一本ブリ千本”といえる。これらの研究成果は、地方自治体の地域総合計画に盛り込まれた環境保全対策や水産業振興関係の事業等に、科学的エビテンスとして活用された。環境省「『地下水保全』事例集~地下水保全と持続可能な地下水利用のために~」(第一版、第二版)にも掲載された。